札幌地方裁判所小樽支部 昭和53年(た)2号 判決 1980年4月21日
主文
本件再審に係る公訴事実につき、被告人は無罪。
札幌地方裁判所小樽支部が昭和五一年一月二九日に被告人に対して言渡した判決の罪となるべき事実第一および第二の罪につき、被告人を懲役一年に処する。
原審における未決勾留日数中九〇日を右刑に算入する。
理由
第一 本件再審に係る公訴事実
前文に掲記した札幌地方裁判所小樽支部が昭和五一年一月二九日に被告人に対して言渡した判決は、被告人に対する昭和五〇年七月二六日付および同年九月四日付の起訴状に記載の各公訴事実を審理・裁判の対象としたものであるが、本件再審においては、そのうち、昭和五〇年七月二六日付起訴状記載公訴事実のみが審判の対象となると解するのを相当とするところ、当該公訴事実は、
被告人は、寸借名下に金員を騙取しようと企て、昭和五〇年六月一六日午前一〇時ころ、小樽市色内×丁目×番×号N(当三六年)方において、同人に対し、返済の意思も銀行預金もないのにあるように装い、「小樽市高島まで筋子を取りに行きたいので、銀行から預金の払戻しをうけるまでの間、車賃を貸してもらいたい」旨虚構の事実を申し向けて金員の借用方を申込み、同人をしてその旨誤信させ、よって、即時同所において、同人から現金一万円の交付を受けてこれを騙取したものである、
と云うのである。
第二~第四《省略》
第五 結論およびその余の判断
一 以上の次第で、被告人の本件再審に係る公訴事実については、犯罪の証明がないとの結論に帰着するから、刑事訴訟法第三三六条により、被告人に対し無罪の言渡をすることとする。
二 本件と併合罪の関係にある罪の刑を定める裁判
札幌地方裁判所小樽支部が昭和五一年一月二九日に被告人に対して言渡した判決(原判決)は、本件再審に係る公訴事実のほか、被告人に対する昭和五〇年九月四日付起訴状記載公訴事実を含め、これらを併合罪として、且つ、単一の刑を言渡しているものであるが、既に第一の一に説示したとおり、本件再審においては、右昭和五〇年九月四日付起訴状記載公訴事実は審判の対象となっていないと解されるし、その意味で、当該公訴事実に対する原判決の判断は確定していると云うことができる。
しかし、他方において、再審の開始された公訴事実につき再審判決が言渡され、それが確定すれば、当該公訴事実について先に言渡された原判決は効力を失なうと解さなければならないのである。
すると、本件のように併合罪の一部につき再審が開始された場合、再審判決によって失効するのは当該一部に対する判断(裁判)に限られると解すべきではあるが、原判決が全部の事実につき単一の刑をもって処断等していると、結局、失効すべき判断部分と失効しない判断部分とを分離して認識することができないから、この場合には、分離・認識を不能とする限度内では、再審事由のない残部に対する判断も失効し、再審裁判所の職責として、右残部に対して改めて判断を下すべきであると解される。
そこで、以上の見地から、原判決が有罪を言渡し、確定している同判決「罪となるべき事実」第一および第二の罪に対する刑を定めることとする(なお、原判決では、右第二の罪に対する附加刑として、その犯罪行為を組成した売渡書一通および念書一通の各偽造部分を没収しているが、この没収の言渡((判断))は本件再審に係る公訴事実に対する原審の判断と分離して認識することができるし、且つ、その対象とされた右第二の罪に対する原審の判断も、刑の量定を除き、有罪であること自体の判断については確定している((従って、没収を言渡す前提としての主刑も、その量定以外の点では、効力を失なわない))から、原判決の没収の言渡は、依然、効力を有する旨を指摘し、本判決では、主文に判示してないことを付言しておく)。
被告人の原判決「罪となるべき事実」第一認定の所為は刑法第二四六条第一項に、第二認定の所為中、有印私文書(二通)偽造の各点は包括して同法第一五九条第一項に、偽造私文書(二通)行使の各点はいずれも同法第一六一条第一項、第一五九条第一項にそれぞれ該当するところ、右の偽造私文書(二通)の一括行使は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であり、私文書偽造とその行使との間には手段結果の関係があるので、第二の所為については、同法第五四条第一項前段、後段、第一〇条により、一罪として犯情の最も重い偽造賣渡書行使罪の刑で処断し、被告人には、原判決「累犯前科」(1)および(2)記載の前科があるから、同法第五九条、第五六条第一項、第五七条により、第一および第二の各罪につきそれぞれ三犯の加重をし、以上の両罪は同法第四五条前段の併合罪なので、同法第四七条本文、第一〇条により、重い第一の罪の刑に法定の加重をし(但し、短期は第二の罪の刑のそれによる)、その所定刑期の範囲内で、被告人に対し刑を宣告すべきところ、当裁判所は、被告人の原判決認定の右犯行の狡猾さや原判決時前における前科・前歴に鑑み、被告人を懲役一年に処することとし、なお、同法第二一条を適用して、本件再審に係る公訴事実を対象とした原審における未決勾留の日数のうち九〇日を右の刑に算入することとする。なお、原判決では、訴訟費用を被告人に負担させていないが、本件再審に係る公訴事実に関する訴訟費用は当然として、それを除いたその余の訴訟費用、即ち、右第一および第二の罪に関する訴訟費用につき、当裁判所も、刑事訴訟法第一八一条第一項但書により、これを被告人に負担させない。
三 よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松岡靖光 裁判官 滝澤孝臣 裁判官野﨑惟子は、転任のため、署名捺印することができない。裁判長裁判官 松岡靖光)
<以下省略>